6 シュピッツ(Spitz)のモバイルシステム倉庫、排水ポンプ場の現場

――RETTER&Partner社の技術者による案内

 

今回の調査では最も下流にあたるシュピッツ村での洪水対策システムの訪問現場は、ドナウ川の対岸からフェリーで渡ったすぐのところにモバイルシステムの倉庫。案内・説明をしてくれたのは、RETTER&Partner社の技術者、Galasso Saraさんと Pachschwoll Guntherさんでした。

 

ここはモバイルシステムの倉庫です。シュピッツにはドナウ川の支流が2本あります。シュピッツの治水の主な課題はドナウ川の洪水対策ですが、支流が街に溢れる内水氾濫も同時に解決しなければならない課題です。というのも、支流の水は通常はドナウ川に流れ込むのですが、洪水時には排水しきれなくなります。ドナウの水位が高くなるので、支流に水が遡上して水位が高くなってしまうからです。その内水対策として、排水ポンプ場からドナウ川へ排出する仕組みを備えています。

ドナウ川の洪水対策のモバイルシステムについて説明します。この図はモバイル壁全体の断面図です。これがコンクリート壁で、その中に10mほど深くまで支柱を差し入れてあります。コンクリート壁の上面には、金属製の部材が埋め込んであります。モバイルシステムの部材としては、垂直のものと水平のものとがあります。シュピッツのシステムは、地下部分全体で20,000㎥、垂直には地上4.25mの高さが基本です。このモバイルシステムが1,650mにわたって設置されます。

 

治水について議論となったのは、街からの景観を壊したくないのでコンクリートで覆ってしまいたくないということでした。一方で安全性も必要ということで、モバイルはその矛盾の妥協策として選ばれたのです。洪水対策、景観保護のほかにもいろいろと考慮しなければならない要素があるので、折り合えるところで折り合わなくてはいけない。モバイル採用の問題は、このシステムが機能するかどうか、洪水が来たときにいっせいに設置できるかどうか、また洪水が去った後に撤去するにはどうしたらよいか、などです。急いでやらなければならない、きれいにしてしまっておかなくてはならない。だから、メンテナンスがとても重要になるわけです。

 これを組み立てるのにどれくらいの時間がかかりますか?

 各ステージに3時間から4時間ずつ。全体ではだいたい1日以内というところです。

 何人くらいで取りかかるのですか?

 だいたい3040人くらい。アルミ板部材1本(約4m)はそんなに重いわけではないですが、金属製で(1ロットが)80kgから100kgとか160kgと重いので、大勢で取りかからなくてはならないのです。

 誰が設置するのですか?

 シュピッツ村の消防団です。洪水のときは他の市町村からも応援が駆け付けてくれます。この倉庫にある部材がシステムの全部です。アルミ板は、支柱と支柱の間に6本落とし込みます。

 このシステムをここでもう使いましたか?

 はい。今年6月の洪水で初めて使い、うまくいきました。ドナウ川の洪水の水位はモバイル壁の天辺から20cmのところまで達しました。モバイルシステムが、100年に1度レベルの洪水に耐えるということが立証されたのです。

 この倉庫は誰が所有しているのですか?

 村のものです。

 ところで、このモバイルシステムは誰が発明したのですか?

 部材製品はドイツのEBS社という会社で製造されています。タイのバンコクの地下鉄入り口に1mくらいの高さのものが使われていて、2004年に導入されました。パテントはわからないですが、私たちの会社(RETTER&Pertner)が改良してここに適合させました。私たちの会社のRETTER氏がオーストリアで初めてこのシステムを使った人物で、オーストリアでの第1号が2001年のクレムズ-シュテインだったと思います。

 最初は、2425年前にライン川沿岸のコロンという人口約100万人の大都市が最初に造ったシステムだったと思います。1km2を対象に、ヨーロッパで最初で最大のモバイルシステムを設置して、市中心部が頻繁に洪水に浸かっていたことから脱することができました。コロン市はライン川の景観が大事なので、なんとかできないだろうかということで、こういうシステムが考え出されたのです。次が、20年前に導入したクレムズ-シュテインでした。その後、別のシステムも出てきて、シュピッツのものは2009年版で、実践でその効果が初めて検証されたのが今回の洪水だったのです。ここの人々も、高さ5mもの壁ができてしまったらドナウ川が見えない、と不満を言うからです。

 

この排水ポンプ場は、洪水時に内水氾濫を防ぐための施設です。通常は、街側の地下水位は低いので、パイプから自動的にドナウ川へと排水され、このポンプ場に水は入って来ないので、ポンプは休止しています。しかし、ドナウ川の水位が上昇してくると支流が排水しきれなくなって街側の地下水位も上がってくるので、このポンプ場の底のほうから水が入ってきて水位がポンプ排水機まで達すると、自動的にポンプが稼働し始めて水をドナウに押し出します。ここにはポンプが3台ありますが、通常は2台が稼働していて、どちらか1台が故障したときは自動的に3台目が稼働するようになっています。

 ドナウ川の水位が高くなっているときに、うまく排出できますか?

 ここのポンプは、ドナウの水位が3m以上上昇していなければ、ドナウからの水圧に耐えて排水できるよう設計されています。毎秒300リットル排出できます。今年6月の洪水でもよく機能しました。もし、この防御壁全体がなかったならば、街に洪水が溢れなかったとしても地下水位が上がり、街側が氾濫してしまったはずです。

 

<お知らせ>

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 http://www.pref.aichi.jp/soshiki/tochimizu/nagara-sasshi.html 愛知県のHPに内容が掲載されています
★冊子を希望する場合は上記のアドレスから

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会報Vol.10をHPに掲載しましたのでご覧下さい。

 

オーストリアの統合治水、現場報告

ヨーロッパ河川再生会議報告