2 クレムス川の近自然工法を用いた統合的な洪水対策

【クレムス川の改修事業】

 クレムス市の比較的新しい住宅街を流れるクレムス川は、ドナウ川の支流で、過去に氾濫を繰り返し街に大損害をもたらしてきたことから、数百年に1度レベルの洪水に対処できる対策が必要とされた。改修区間6,140mは住宅密集地にあり川の多様な機能を発揮させる必要があるため、以下のような施工を行った。①川べりの護岸壁と河床壁の改造、堤防部分への洪水防御壁を新設する、②河床勾配を最適化し、水流を水理学的、生態学的、かつ都市的要請にも見合うように調節する、③堰を改造し、水流が連続し自然状態に近い河床設計にすることで川の不均質な生態的機能を増強する、④河川敷に広めの歩道を設置して新たなリクリエーションの場所を用意する、などである。事業主はクレムス市、総事業費は3,400万ユーロで、財源はBund und Land2013年完成。<出所:HYDRO社資料>

 

ドナウ川の支流、クレムス川の洪水流量はたったの230㎥毎秒です。洪水警報が出るのは到達1時間半前なので、モバイルシステムを使うには時間が足りません。そこで作った計画の全体像を紹介しましょう。私たちは今日、ドナウ川沿いのモバイルシステムを見てきました。(クレムス川がドナウ川に合流するあたりの)堤防は1975年に築かれたもので、14,000㎥毎秒の洪水まで防げます。100年に一度レベルの洪水が11,200㎥毎秒ですから十分です。この堤防は、1970年代に水力発電ダムを建設した電力会社が義務として築いたものです。というのも、ダムの後ろの湛水したところは堆砂が進んで氾濫の危険性が高まるからです。

クレムス川のほうを見ると、住宅地のなかを流下しています。この川の特徴は低い山地から流れ出る小河川なので洪水の出方が急だということです。5年~10年に1度の頻度で非常に危険なレベルの洪水が起きます。問題は、氷が流下することがあり、非常に低温の冬に川が凍結し、春に解けだすと氷が割れて流れ出すことです。それが洪水を引き起こします。2002年まではそう大きな被害はなかったのですが、ひどいときにはこの道路が壊されてしまいました。

クレムス川は1975年以降、洪水対策が採られてきたわけですが、この川での対策の特殊性は、川の多面的な機能を発揮できるようにすることにあります。住宅地を流れているので、洪水対策だけでなく、さまざまな役割が期待され要求されているからです。一番重要なのは洪水対策ですが、川の生態的な機能も必要ですし、街に住む人々からはリクリエーションの場所もほしいという要求があります。そこで私たちは、それら全部をいっぺんに実現できるよう、いろいろな措置を講じました。

まず、洪水対策システムですが、もともとあった堤防に新しい対策を追加しました。両側に住宅が迫っていて川幅を拡げる場所がなかったので、堤防を高くすることにし、その代わり、川に降りられる階段やスロープを改良して使いやすくしました。川の流下能力を高めるために河道面積を拡げて浚渫を行ったうえで、コンクリート壁をもとからある堤防に増設しました。これまでの堤防の上に高さ90センチくらい上げただけなので、川と街の一体的な景観は分断されていません。

これが以前の河道です。非常に狭くて直線的です。その河道を掘り下げて、川の中に構造物(遮水壁)を入れました。川の水の圧力で地下水が堤防のなかに浸透して街側へ流出する危険を減らすためです。洪水のときは、地下水位が上昇して街の側でも上がってきますから(内水化する)。そうです、地下水は河道側とで連続しているのです。川の断面図で見ると、ここにシーリング(遮蔽)を入れます。ここに帯水層がありここまで水位が来るので、そこを遮蔽して侵入する水を制限する。街側に一定以上の水量が入って来た場合は、ポンプで排水します。

 

こうした洪水対策のほか、レクリエーションエリアをつくりました。ベンチに掛けたり、川に降りることができるスロープ、バーベキューができる石積みの炉も造りました。人と川を切り離さないということです。以前は誰も川に降りたりしませんでしたが、今はけっこう人が降りているのを見かけるようになりました。2011年に工事が終了してからまだ3年目ですが、子どもたちが水辺で遊び、川でパーティが行われるようになっています。

魚もいますが、小さくてまだ少ない。漁業協会は採ったら逃がすよう広報しています。

今は都市景観としての河川再生の段階で、生態系の再生はまだ十分ではありません。この川の利用は中世にまでさかのぼり、これまでにかなり濫用されてきたので、私たちとしてはできるだけ生態系を元に戻してあげたいと思っています。そこで近自然工法を採用したわけです。魚道も自然の川のように造りました。

 

クレムス川の洪水対策事業の全体的な考え方は、目的は洪水対策ですが、それだけでなく、河畔の植生の豊かさやレクリエーションの価値を高める、さらに構造物の面白さも加えて、あらゆる面での向上をめざすものです。景観は単調なつまらないものでなく、多様性に富んだ見どころのある川にするよう努めました。

河畔の植生はすべて新たに植えたもので、在来の草木の種を使って新たに美しい景観をつくることをめざしています。川の高水敷に設置してあるベンチは、洪水に耐えられるもので、ごみ箱もそういうものにしました。ほんとうは河道をもっと再生、たとえば蛇行を入れたりしたかったのですが、ずいぶん妥協せざるをえませんでした。改修前は岸が侵食されてきていたのを、よく見るとわかるように、石を置いて侵食されないような岸の配置構造にしています。川が自然のままの状態でないことは残念ですが、川の設計者としては、このように石を置いて侵食が進まないように工夫したわけです。川底には15メートルごとにブロック(床止め)を入れてありますが、それ以外は自然なままです。

 

ここは自分がやった仕事のなかで一番好きな場所です。川に空間を与えて河道を拡げることができました。半年前に完成したばかりです。両側の新しく植栽をしたところは、治水対策ではないけれども、この土地の固有種を選んで生態系の再生を図りました。ポプラと柳が中心です。かつてあった樹種を伐ってしまっていたので、補償という考え方で、再びもとあった樹種を植えたのです。

川が蛇行できるようにもしました。川幅を拡げる意味は、洪水の貯留量を増やすためです。その考え方の基本は、洪水対策のスタート地点を街よりも上流のほうに置くということ。以前の河道は810メートルと非常に狭かった。今の半分くらいで、かつ直線。旧い河川技術の特徴そのものの川でした。以前の川づくりの目的は水をできるだけ速く流してしまう水路にするものでしたが、今は、できるだけ上流で貯留したり蛇行させたりして、洪水が都市に速く到達しないようにするという考え方です。この川の上流は山地なので空間をとりにくいですが、ここは開けた場所なのでそれができました。ここで要求されたことは、左岸の道路を拡げることと、河道も拡げること、さらに右岸は急傾斜で道路側が侵食されないようにする。だから右岸側の河道は変えられませんでしたが、左岸側は自然に近い河道にすることができました。水制もたくさん使いました。小さい魚がいますよ。

改修区間の6㎞にわたり座れる場所(ベンチ)を設けました。立って何か飲んだり川を眺めたりできるところも。ちょっとやりすぎかもしれませんが、都市景観としていろいろ表現してみました。そのことで人が川に近づいてくれるようにと。

左岸の丘斜面の石垣の上は果樹園で、ワイン用の葡萄やリンゴ、杏、プラムなどの果樹と木の実など栽培する典型的な家族農園です。ワイン葡萄畑は急斜面につくります。生物多様性が豊かで、工業生産的な畑とは違います。個人所有の農園で6haから最大20haくらいの小規模なものですが、品質は高くて農家の収入はよいです。

 

これは魚道です。昔の水力発電堰があったところで、今より2メートル高かった(基底からは約2.8m)ものを下げしました。完全に撤去してしまうと流速が上がりすぎて河床を侵食してしまうので基礎は残して、そこに石を配置したり魚道を付けたのです。いろいろな変化ある流れを表現しています。川原に流木で子どもたちがつくった小屋があります。向こう岸も、子どもたちが遊びで石を並べてつくった堰や何かがある。川のつくりをまねして石を並べたんですね。

こちらは侵食対策として新しく入れた水制です。上の堰が以前3メートルくらいの高さがあったのをだいぶ下げたので、下流部の河床が侵食されないようにつくったものです。

魚道は渓流のようにデザインしました。大きい石はドナウ川の向こう、ここから10キロくらいのところから持ってきました。1トンあたり50ユーロくらいです。    

<お知らせ>

愛知県長良川河口堰最適運用検討委員会がパンフレットを発行しました。

 


 
 
 
 
 
『166 キロの清流を取り戻すために まずは長良川河口堰の「プチ開門」を実現しましょう

 http://www.pref.aichi.jp/soshiki/tochimizu/nagara-sasshi.html 愛知県のHPに内容が掲載されています
★冊子を希望する場合は上記のアドレスから

申込が可能です。

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会報Vol.10をHPに掲載しましたのでご覧下さい。

 

オーストリアの統合治水、現場報告

ヨーロッパ河川再生会議報告